| 履歴 | |
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| 0歳:1938年 | 高知県長浜に生まれる。船乗りの父は稼いだ金を酒と博打につぎ込み、女の元へ。 残された母子はベニヤ造りの納屋で生活補助も受けられず、極貧の生活を送る。 |
| 3歳: | 父に移された梅毒で母が失明。盲目の母の手を引き、 山へ風呂炊き用の松葉拾いに行って生計を立てる。 母を食わせるため、畑で盗みを繰り返した。 |
| 7歳: | 長浜小学校に入学。栄養失調で血の小便が出る毎日。小学校2年、便所で首吊り自殺未遂。 口までクソが入って溺れ死ぬ夢を今でも見るほど、強烈な体験だった。 |
| 14歳: | 長浜南海中学を2年で中退、時計屋の丁稚となる。無休だが食う物には困らない、 当時の杉山にとって最高の生活を送る。 15歳で人妻相手に童貞喪失。 |
| 17歳: | 借金を抱えた時計屋を、高利貸しから借りた金で買収。『杉山時計店』を設立。 外だけ新品の中古時計、密輸品を原価の4〜10倍で売りまくり、 電化ブームに乗って多角経営に乗り出す。 |
| 23歳: | 死ぬほど女を抱きまくっていたが、良家の娘と結婚。人生の絶頂期と思われたが、 手形の不渡りで店が倒産。借金を取り立てに来た、高利貸しの社長秘書となり高知へ。 半年勤めた後、借金しまくり『杉山眼鏡』を設立、ホテル経営、高利貸しにも手を染める。 暴力的取り立てで、2カ月留置所に拘留。 |
| 26歳: | 現在の杉山グループの核をなす、『日本百貨通信販売』を設立する。 従業員は90人に膨れ上がっていた。不渡り手形を出し、二度目の倒産。 関西の暴力団に連れ去られ六甲山で首まで埋められるが、親分に度胸を認められ組員となる。 |
| 29歳: | 東京進出を決意。組の目を盗み、東京出張の度に地盤を固める。 |
| 39歳: | 新宿を前線基地に、ヤクザ相手の「杉山式暴力的取り立て」で稼ぎまくり、裏の世界で一躍名を上げる。 |
| 46歳: | 「わしが取り立てられんのは、一家心中と自殺した奴だけだ」と広言し、 『サラ金残酷取り立て王』として、ワイドショー・雑誌などで取り上げられ、全国に顔を売る。 |
| 56歳: | 地上げ、サラ金、腎臓売買ほかありとあらゆる闇商売の一大コングロマリットを確立。 1200億円の財産、金満家教会以下120もの会社、5人の愛人を抱える。 |
| 64歳: | 杉山被告は02年3月、偽造借用書を使った詐欺未遂罪などで起訴され、公判で今回の事案を含む13件すべての起訴事実を認めた。 |
| 65歳: | 2003年4月17日、東京地裁は懲役7年6月(求刑懲役8年)の実刑判決を言い渡した。詐欺未遂事件としては異例に重い量刑。 |
| 参考図書:『実録【新】悪の錬金術』、『実録 裏金融界の黒い罠』 杉山治夫著 | |
| 「サラ金残酷取り立て王」杉山治夫容疑者が逮捕 法廷を悪用した詐欺の罪で | |